東京地方裁判所 平成7年(行ウ)282号 判決 1999年3月30日
東京都港区東新橋二丁目七番八号
原告
株式会社八大コーポレーション
右代表者代表取締役
川口節子
右訴訟代理人弁護士
大津卓滋
東京都港区芝五丁目八番一号
被告
芝税務署長 田巻達也
右指定代理人
戸谷博子
同
石井富信
同
上中澄雄
同
飯島信
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、原告に対して平成三年一二月二七日付けでした昭和六三年七月一日から平成元年六月三〇日までの事業年度の法人税の更正のうち、二四億五九九四万四九五八円を雑損失として損金に算入した場合に算出される所得金額及び納付すべき税額を超える部分並びに右税額部分に対する過少申告加算税の賦課決定を取り消す。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、平成元年一〇月二日、昭和六三年七月一日から平成元年六月三〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)分の法人税につき、別表一、順号1の欄記載のとおりの確定申告をしたところ、被告は、平成三年一二月二七日、同別表、順号2の欄記載のとおりの更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件各処分」という。)をした。
2 本件各処分に対する不服の経緯は、別表一、順号3ないし6の各欄に記載したとおりであり、原告は、平成七年七月二六日に裁決書謄本の送達を受け、同年一〇月二四日に本件訴えを提起した。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因事実はいずれも認める。
2 本件各処分の適法性の根拠は次のとおりである。
(一) 原告は、本件事業年度において、資本金を五億円とし、川口勝弘が発行済株式の七六パーセントを保有する同族会社であった。
(二) 原告の本件事業年度における所得金額は六九億三一八七万四二〇〇円であり、その内訳は次のとおりであり、これに対する法人税額は二九億一一三八万七〇八〇円となる。
<1> 申告所得金額 一五億九一二〇万三〇九三円
<2> 雑損失の損金不算入額 四九億七二四六万五二九〇円
<3> 有価証券譲渡益計上漏れ 二一九八万七六〇〇円
<4> 支払手数料の損金不算入額 七万六三三七円
<5> 法人税額等の損金不算入額 三億三九五四万一四〇〇円
<6> 事業税の損金不算入額 六六〇万〇四八〇円
(三) 原告の本件事業年度における課税土地譲渡利益金額は六五億六九二四万五〇〇〇円であり、これに対する税額は、一三億一六八二万六五〇〇円である。
(四) (二)及び(三)に記載した各税額の和から控除所得税額七二八万三四六三円を控除し、国税通則法一一九条を適用して一〇〇円未満の端数を切り捨てると納付すべき金額は四二億二〇九三万〇一〇〇円となる。これと原告の申告に係る納付すべき税額二二億五九三四万八九〇〇円との差額に基づいて、国税通則法一一八条三項及び六五条一項の規定に従い過少申告加算税を算出すると、一億九五八八万円を超えるから、本件各処分は適法である。
3 右2(二)<2>記載の雑損失の損金不算入額は、原告が東京都大田区池上六丁目所在の医療法人財団小林記念会(城南総合病院)(以下「小林記念会」という。)に対して有していた貸付金五九億七二三四万三九三四円の一部を雑損失に算入していた金額である。
なお、法人の有する貸金等の債権が債務者の弁済能力の喪失等により回収不能となった場合の貸倒損失は、債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった事業年度において損金処理することができるのであり、この場合において当該貸金等について物的担保等があるときは、その担保物を処分した後でなければ貸倒れとして損金処理することはできないものと解すべきところ、原告のした確定申告において損金算入されていた債権の多くは抵当権又は根抵当権により担保されており、平成元年六月末日時点では、根抵当権の設定された担保物の処分はされておらず、また、当該担保物が経済的に無価値であることが客観的に明らかになっていなかったのであり、担保物により担保されない債権についても、本件事業年度においてその全部の回収不能が明らかになったものということはできない。
三 被告の主張に対する認否及び原告の主張
1 被告の主張2(一)記載の事実を争わず、同(二)記載の事実のうち<2>掲記の雑損失の損金不算入額のうち二五億一二五二万〇三三二円を超える部分(二四億五九九四万四九五八円)を否認するが、その余の各事実及び同(三)記載の事実並びに同(四)の記載が被告の主張を前提とした場合の税額計算と一致することを認める。
2 原告が本件事業年度における貸倒損失として主張する債権は、別表三記載の債権(以下「本件債権」という。)であり、本件債権は物的担保権により担保されていない債権であり、その金額は二四億五九九四万四九五八円であるところ、本件債権はその債務者である小林記念会の業績悪化により、本件事業年度において回収不能となっており、そのため、原告は、平成元年六月三〇日、本件債権を含む総額四九億七二四六万五二九〇円の貸金等について、小林記念会に対してその債務の免除(以下「本件免除」という。)をした。
なお、貸倒損失の認定に関する被告の主張を一般的に争うものではないが、本件債権は、小林記念会という公益性を有する医療法人財団に対する貸付金等であり、当該事業の公益性、地域社会での重要性、医療業務が継続していたという事実に照らして、一般の事業法人に対する貸付金におけるように回収のみを目的として資金供与を停止し、あるいは法的精算手続に訴える場合には、多大の混乱を生ずることを考慮すれば、原告としては、明確な回収手続に訴え難いという事情があったのであり、本件においては、この点の特殊性をも考慮すべきである。
第三当裁判所の判断
一 争いのない事実並びに証拠(甲第二号証、第四号証、第八号証、第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証、第一三、第一四号証の各一、二、第一五、第一六号証、第一七号証の一、二、第一八ないし第二一号証)及び弁論の全趣旨によって認められる事実関係は次のとおりである。
1 原告の代表者は、昭和四六年七月九日の原告設立時から本件事業年度当時まで、川口勝弘であつた。
2 小林記念会は、医療法人財団小林記念会城南総合病院、医療法人財団小林記念会城南総合病院附属第二病院及び加賀高等看護学院を経営していたところ、昭和六〇年四月一日に第一回の不渡り事故を起こし、和議手続を申し立てたが、原告は、同月六日から小林記念会への融資を開始し、その後も本件免除の直前まで、融資あるいは借入金の代位弁済又は小林記念会に対する債権の譲受けにより資金供与を継続し、代位弁済又は譲受債権に係る根抵当権等の移転を受け、本件免除当時は、小林記念会の病院、看護学校の建物を含む五つの不動産上に一二の根抵当権を有していた。なお、右の和議申立ては昭和六三年三月二三日に取り下げられた。また、川口勝弘は昭和六〇年六月一日から昭和六三年三月三一日まで小林記念会の理事、本件事業年度を含む同年七月二九日から平成三年一二月二〇日までの期間は小林記念会の理事長の職に就いていた。
3 原告の主張によれば、平成元年六月二七日における、原告の小林記念会に対する貸付金は五九億七二三四万三九三四円であったが(甲第八号証)、そのうち四九億七二四六万五二九〇円につき同月三〇日付けで本件免除をしたものであり、そのうち抵当権等の物的担保権の被担保債権となっているものが、二五億一二五二万〇三三二円あつたが、本件免除後に、各担保物件についての優先債権者であった株式会社アイチ(以下「アイチ」という。)に対して担保権付きで譲渡されたものとされている。
4 昭和六三年一一月三〇日、国(広島国税局所管)は小林記念会の病院建物を含む不動産に設定された根抵当権の被担保債権を差し押さえて、平成元年五月一七日、右根抵当権の実行として右不動産を差し押えた。小林記念会は、平成五年七月ころ、原告に対して、右差押えにより確定した平成元年五月三一日現在の原告の根抵当権の被担保債権は五三億〇三六〇万五八七三円を超えるものではなかったとし、平成元年六月三〇日における四九億円余の本件免除及び同年一〇月一七日における原告からアイチへの二七億円余の債権譲渡により被担保債権は消滅したとして、根抵当権移転登記の抹消登記手続請求訴訟を提起している(甲第二号証、第四号証)。
5 小林記念会が営業していた城南総合病院は平成五年八月医療法人社団松和会に営業譲渡され、同月二七日、原告、川口勝弘及び小林記念会は原告の小林記念会に対する賃料、リース料債権、医療機器等の所有権を放棄し、病院建物を含む不動産に設定された根抵当権(前記訴えの目的とされたものを含む。)は本件免除及びその後の弁済により消滅していることを確認し、その余の根抵当権についても錯誤等により現に効力を有しないことを確認し、その抹消登記手続を行うことを合意した(甲第一五号証)。なお、右合意は賃料、リース料等の具体的な債権を掲げながら、被担保債権の消滅を確認するのみで、いわゆる無担保債権の精算について触れるところはなく、他に無担保債権の精算が行われたとの事実を窺わせる証拠もない。
6 小林記念会の決算報告書によれば、昭和六一年四月一日から昭和六二年三月三一日までの事業年度においては、約四四億九七四八万円の前期損失が繰り越され、約四六億二六五七万円の当期損失を次期に繰り越し、昭和六二年四月一日から昭和六三年三月三一日までの事業年度においては、約四六億八五五四万円の損失を次期に繰り越し、昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度においては、約四八億九四〇三万円の損失を次期に繰り越し、平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度においては、約三五億六〇七八万円の損失を計上している(甲第一八ないし第二一号証)。
7 小林記念会は、平成六年八月二六日に解散した。
二1 内国法人の各事業年度の所得に対する法人税の課税標準は、各事業年度の所得の金額であり(法人税法(以下「法」という。)二一条)、この所得の金額は当該事業年度における益金の額から損金の額を控除した金額である(法二二条一項)。そして、当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るものは、当該事業年度の損金の額に算入される(法二二条三項三号)。ところで、当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るものであるかどうかは一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されることになるところ(法二二条四項)、貸付金等の金銭債権の価格の減少は、資産の減少となるとしても、本来、債権の回収の可否は、債務者の資産のみならず返済能力に依存する上、金銭債権の価値はその額面額によって表示されるものであることからすると、税務計算上、損金の額に算入される金銭債権の価格減少は、当該金銭債権が消滅したか、又は回収不能の事実が発生した場合に限られることになる。また、回収の可否の判断は、債務者の返済能力という不可視的事由にかかわるから、その判断の公正を期するためには、客観的かつ外観的事実に基づいて行うべきことになる。したがって、貸倒損失として損金処理するためには、当該事業年度において、当該債権の債務者に対する個別執行手続又は破産手続において回収不能が確定し、あるいは会社更生等の倒産手続において当該債権が免除の対象とされた場合等に限られるものではないとしても、法人が当該債権の放棄、免除をするなどしてその取立てを断念した事実に加えて、債務者の資産状況の著しい不足が継続しながら、債務者の死亡、所在不明、事業所の閉鎖等の事情によりその回復が見込めない場合、債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、資産、信用の状況、事業状況、債権者による回収努力等の諸事情に照らして回収不能であることが明らかである場合のように、回収不能の事態が客観的に明らかであることを要するものと解すべきである。
この点につき、原告は、融資先の事業の公共性を考慮した異なる基準をもって貸倒事実の認定をすべき旨の主張をするが、その趣旨が一般事業者に対する場合に比して回収が容易な場合にも損金処理を認めるべしとするものであれば、課税の公平の観点に照らして採用することはできず、公共性の故に客観的かつ外観的事実による認定が困難であることを主張するものであれば、事実認定において留意すべき事情を指摘するものとはいえるが、右に説示したところを否定するものではない。
2 そうすると、本件免除に係る本件債権に相当する金額を本件事業年度における貸倒損失であると認めるためには、原告が本件免除の意思表示をしたという事実のみならず、少なくとも本件債権を担保する担保権がないか、あってもその実行が期待できないこと及び当時の小林記念会が返済能力を喪失していたことの立証が必要になる。
ところで、本件訴訟の弁論に現れた本件債権の特定に至る経過、前記一3ないし5記載の事実に照らせば、原告と小林記念会との間においては、少なくとも本件免除当時、本件免除の対象となった債権が原告の有した根抵当権の被担保債権の範囲に含まれていたのかどうかについて明確な認識がなく、原告への返済も個別担保による回収見込みとは別に総額をもって把握されていたことが推認されるのであり、また、本件全証拠によっても、本件債権が原告の有した根抵当権によって担保されない事実、すなわち、本件免除当時に原告の有した根抵当権の被担保債権の範囲、金額を明確にするには足りない。
さらに、本件債権がいわゆる無担保債権であったとしても、貸倒損失として損金処理するためには、その回収不能の事実の立証が必要になるところ、前記一6記載の事実に照らせば、小林記念会が経常的な赤字経営にあったことが認められるものの、前記一3及び5記載の事実によれば、本件免除後も相当額の任意弁済があり、それに対応する原告の小林記念会に対する債権が消滅したことが推認されるのであるから、本件事業年度において、本件債権が回収不能の状態にあつたと認めることはできない。
なお、前記一記載の事実関係及び本件弁論の経過に照らせば、原告と小林記念会との取引には資金供与のみならず、リース、賃貸等の取引があり、そこでの金銭の流れは資金供与先であるアイチとの間での精算を含む複雑なものであつて、本件における訴訟上の主張を明確にするには取引関係の調査、確認に困難が伴い、これらの関係に最も深く関与したものと想像される川口勝弘の審理中の死亡により事実関係の確認、立証が困難となった事情が認められるが、その故に立証の程度を緩和することはできないから、これらの事情を考慮しても、右結論を左右することはできない。
3 本件各処分の根拠のうち、本件債権の損金処理の可否以外の事実関係は当事者間に争いがないから、本件各処分は適法ということができる。
三 以上によれば、本訴請求は、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤丈士 裁判官 水谷里枝子
別表一
昭和六三年七月一日から平成元年六月三〇日までの事業年度の法人税の更正処分等の経緯
<省略>
別表二
納付すべき法人税額算出内訳
<省略>
別表三
本件債権目録
一 個別特定債権 合計一二億九〇〇〇万円
<省略>
二 包括特定債権 合計一一億六九九四万四九五八円
原告の医療法人財団小林記念会城南総合病院に対する短期貸付金のうち、平成元年六月二七日時点の残高五九億七二三四万三九三四円から一に掲げた債権及び次に掲げる債権を除いたものにつき、その発生日付の古いものから順次一一億六九九四万四九五八円に満つるまでの債権
<省略>